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知的財産委員会

コラム:知的財産制度のバランス

≪筆者の紹介≫

秋元 浩(あきもと ひろし) 知的財産戦略ネットワーク(株)
                   代表取締役社長

(注)筆者の略歴等は本コラム(2)をご参照下さい。


知財(あるいは特許)という語がマスコミなどでもよく見受けられるが、知財の本質は何であろうか。差止請求権と実施許諾権を有する特許が、何故、独禁法を掻い潜って、民法のひとつの特殊形態として存在するのであろうか。
産業上の利用可能性(日本)あるいは何らかの有用性(米国)があって新規性・進歩性のある発明を、産業の発展や学問の発達を促すために、公開することの代償として特許にこれらの権利が与えられていることを忘れてはいけない。

それでは、この特許制度はどの様にして生まれたのであろうか。プロトタイプとしては1474年にベネチアで発明の奨励と排他権を与えた制度があったとの記録がある。古典的な制度としては1624年にイギリスが専売条例(第6条)として、その後、外国からの新技術の導入 、外国からの資本の導入、外国からの職人の招聘を目的として西欧諸国(米1970年、仏1793年、墺1810年、露1812年、独1815年、蘭1817年)が現在に近い制度を導入している。ちなみに、日本は1885年(明治18年) に専売特許条例を公布している。このように見てみると、日米欧の現在の知的財産制度が構築されてから未だ200年程度の歴史しか経ていない。
一方、中国は2008年の北京オリンピック開会式で世界の四大発明(印艦、紙、花火、羅針盤)を誇らしげに披露した。これらの発明は2000年以上遡るものであり、その時代には特許制度の概念は全くなかったが、それらの基本的なコンセプトは現代の製品(活字=自動織機、ペン・毛筆用の紙、火薬=ダイナマイト、ジャイロ)でも使用されていると中国では主張している人もいる。

さて、特許権の最近の解釈について米国の状況に目を向けてみると、2002年のDuke大学事件(Madey v. Duke Univ.)は大学における研究といえども特許権の侵害になるとの判決であるが、2005年のMerck v. Integra事件では、医薬品の研究開発に関して、今までHatch-Waxman法があり開発段階からは特許権を侵害しないという通説から一歩踏み出して、CAFCの判決をも覆して、一定の研究段階からは特許権を侵害しないという判決を最高裁が出した。このように、産業の多様化と著しい進歩により、従来の特許権は産業分野を区別しないという今までの概念は既に成り立たなくなってきている。
さらに、2006年のeBay事件(eBay v. MercExchange)でも最高裁はCAFCの判決を覆して、特許事件といえども一般に適用されている衡平法(en:equity:エクイティ)に基づいて4要素試験(four-factor-test)を適用すべきであるとし、今まで特許権には実施許諾権と差止請求権が一体不可分として存在するという教条主義的な解釈をみごとに打ち破った。
米国では時代を見据えた判例が積み重なり、特許権の解釈がより根本的な方向に動いているように感じられる。また今次の米国特許法改正においても先願主義移行だけではなくNPE(Non-Practicing Entity:特許不実施主体)の権利濫用にも歯止めをかける方向になっていることはやはり特許権とは、本来、何なのかという根本的な概念に戻っているのであろう。
一方、2010年に名古屋で行われたCOP10において、名古屋議定書を作成する際、生物の多様性(CBD:Convention on Biological Diversity)に関する遺伝資源の取得およびその利用から得られた利益の公正・衡平な配分(ABS :Access and Benefit Sharing)に関して先進国と発展途上国の間で議論の大きな隔たりがあったことは記憶に新しい。発展途上国は、一時、コロンブスの大航海時代にまで遡るべきであるとの主張をしていた。
また、現在(2013年11月)、米国で行われているTPP交渉の米国提案では投資項目において技術移転を禁止しようとしていること、また、先の日本で行われた会議では知的財産項目で日本と同様のデータ保護を求めていることなどが困難な課題として報道されている。

この様な世界の動きの中で、知的財産制度は何処へ行くのであろうか。 知的財産制度の原点は何なのか、知的財産(特許)の社会的・経済的価値とは何なのか、権利と活用のバランスをどの様に考えたらよいのか、産業創出という観点からは分野および研究開発製品ステージの相違をどのようにクリアするのか、先進国と発展途上国の技術移転に関してどの様に考えるのか、中国がかなり近い将来に世界の特許の50%以上を有することになった場合に、中国を含めたBRICs諸国とどのような制度調和を図ればよいのか等々の課題がある。
将来の知的財産制度のあり方としては、基盤となる新しい国際調和的な知的財産コンセプトの構築と上述の各ファクターのバランス(図)で考える時期にきているのではないだろうか。

知的財産制度のバランス
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